「笑っちゃうよね」

彼女は自嘲するように笑ってそういうと、目尻に涙を溜めた。

「こんなに近くにいるのに、ナディの考えてそうな事だって分かるのに――でも、私ナディのこと何も知らない。ナディの過去も知らない」

私は悲しそうな彼女の笑顔を見て、私は思わず彼女の唇にキスを落とした。

「でもさ――」

私は、小さな決意を胸に、ずっと言えなかった言葉を言うのだった。



私だけの、未来



陽気な雰囲気で包まれた熱砂の街は私もエリスも初めて訪れる場所だった。

「楽しそうな街だね」

隣のシートに腰掛けたエリスは、物珍しそうに並んだ屋台に眼を輝かせる。

「お祭りでもやってるのかしらね?エリス、ちょっと見て回る?」

「うん」

私は調子の悪いおんぼろ車を、修理ついでにガソリンスタンドに預けて街を散策することにした

。活気溢れる町並みは、今まで通ってきたどの街よりも人が多くてエリスとはぐれてしまわない様に彼女の小さな手を握った。

「ナディ、これなんだろう」

エリスが指差した屋台は、雛壇状の棚に並べられた玩具やお菓子が陳列している店だった。

店の前のテーブルには玩具のピストルが鎮座していて、眠そうな店主一人が座っているだけだった。

「射的、やったことないの?」

「うん、初めてみた」

「そっか。アメリカにいた頃は良く見かけたんだけど、こっちじゃあんまり見ないね。エリス、やってみる?」

「――うん」

エリスは一拍不思議な間を置いて返事をした。表情に変化は無かったが、私はどこか違和感を覚えた。

店主のおじさんに、一回分のお金を渡すと六個のコルクを渡した。銃口につめて引き金を引くと、ポン、と何処か間の抜けた音と共にコルクが飛び出す、お馴染みの玩具だ。

「おお、嬢ちゃんがやるのかい。ほれ、一発サービス」

私ではなく、エリスがやるのだと判断した店主はコルクをもう一個手渡す。

「ありがとう、おじさん」

エリスはお礼を言うと、銃を構えた。銃の構え方は私のを真似ているのだろうか、背筋をピンと伸ばし、腕を伸ばして狙いを定める。

エリスの狙っているものは、どうやら玩具の指輪。落とせばその賞品はもらえるのだが、指輪なんて小さいものは難易度が高い。

案の定、エリスは五発撃って、五発とも外した。

「う〜、当たんない・・・」

不満そうに愚痴を漏らしたエリスに私は、思わず笑った。

「あはは、銃の撃ち方としては間違って無いけれど、射的はこうやって撃つのよ」

エリスから銃を受け取ると、テーブルに肘を着いて目一杯前のめりになって腕を伸ばした。少々見苦しいが、これが射的の世界での常識なのである。

ポン、と軽快な音と共に、エリスの狙っていた指輪の横に並んでた、お菓子のラムネを撃ち落した。

「ね?こうやってやるの」

「いえっさ」

得意気に私は銃を渡すと、エリスはいつもの言葉を放った。私の言ったとおりにエリスは構え、慎重に狙いを定める。

エリスの放ったコルクは、真っ直ぐ指輪に目掛けて飛んで行き、見事指輪を落とす。

「ホントだ・・・。ナディ、やっぱり銃だけはすごいね」

「銃だけはって・・・。しかもこれは射的よ」

「ふふふ」 エリスは嬉しそうに指輪を受け取ると、笑みを浮かべた。私はエリスの笑顔が大好きで、思わず頭を撫でてやる。

エリスは気持ち良さそうに目を細めると、店のおじさんが豪快に笑いながら、

「ははは、仲の良い姉妹だな」と言った。

「違うよ、私たちは夫婦」

「ふ、夫婦?」

「そ、仲良し夫婦」

店のおじさんは驚いたように聞き返す。私も当然驚いたが、否定するのも吝かなので愛想笑いでその場を離れる。



「もー、あんまり人前でああいうこと言うなっつーに」

「なんで?」

「なんでって・・・」

「ナディは夜になるといつも、ああ言ってくれるのに・・・」

「だーかーら!それがダメなの」

私は顔を明らめながら、声を荒げた。エリスの非常識っぷりには慣れようが無かった。

と、ふと街の雑踏の中に見知った人影を見つける。

「ナディ、どうしたの?」

「ごめん、エリス。ちょっとここで待っててくれる?」

私はそういい残すと、駆け足でその知人の場所へと向かう。



アメリカにいた頃の、友人だった。

彼女も賞金稼ぎで、時に共同戦線を張ってみたり、同じ獲物を取り合ったりと懐かしい思い出がこみ上げてくる。

エリスを待たせているので、思い出話に花を咲かせるのも良かったが、五分ほどで切り上げてエリスの元へ戻る。

エリスは、少し離れたところで私たちの様子を見ていたが、その顔は不機嫌そのものであった。

「あの人、誰?」

威圧感のある声に、私は戸惑う。

「あの人は、賞金稼ぎ仲間。昔の友達ね」

「そう・・・」

餌を取り上げられた子犬のように、しゅん、となるエリス。以前、リカルドと話していた時の様な機嫌になると思っていたので、私も焦る。

「エリス・・・、その、怒ってる?」

私は恐る恐る、聞く。

「怒ってないよ」

うわー、絶対怒ってるよね、これ。



エリスの機嫌はホテルの部屋にきても直ることは無く、私は少し不安になる。

「ねぇ、なんでそんなに怒ってるのさ」

「怒ってない・・・けど」

エリスは玩具の指輪を掌で転がしながら、まつ毛を伏せた。

「けど?」

「何を、知らないの?」

私は、彼女の顔を覗き込むようにして聞いた。

「笑っちゃうようね」

彼女は自嘲するように笑ってそういうと、目尻に涙を溜めた。

「こんなに近くにいるのに、ナディの考えてそうな事だって分かるのに――でも、ナディのこと何も知らない。ナディの過去、全然知らない」

私は悲しそうな彼女の笑顔を見て、思わず唇にキスを落とした。

「でもさ――過去はしょうがないけれど、これからの私は知っていればいいじゃない。私の未来はエリスだけのもの」

過去なんて関係ないじゃない、と私は付け足す。

「私、だけ・・・?」

「うん。ほら、これが約束の印よ」

私は、エリスの掌から玩具の指輪を掴み取り、彼女の左手の薬指にそっと付けた。

「ナディ・・・これって」

エリスは私の顔をのぞき見る。私は、きっと耳まで赤くなっているだろうから恥ずかしくて目を逸らした。

「これからもずっと一緒だから、っていう証よ」

私は、エリスとの旅が始まってからずっと言えなかった言葉を言った。

私はエリスのもの、だから――

「エリスも、私だけのものになって欲しい」

私はエリスの小さな唇に、キスを落として、そう告げた。私って意外と臆病だったのかもしれない、だなんて事を思いながら私は優しく微笑む。



エリスがどう答えたか、それは私だけの秘密だ。


ナディは真面目な告白をエリスにするのは苦手そうだなぁ、と思って出来たss
これも某掲示板に投下しましたww
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