乾燥した空気は乙女の肌の天敵だ。

もう二日も走り続けた荒野の道の上で、私はそんな空気の所為でかさついた唇を指でなぞりながら、土煙を上げながら依然変わらず走り続けている。

助手席には小柄な金髪の女の子がちょこん、と座っていて何が楽しいのか外の景色を楽しんでいる。

時折、私の顔を覗き込んだりもしているが。

それにしても、暑い。

私は額で玉になった汗を拭いながらフロントガラスに映る景色を眺め続ける。

そんな景色を見続けた所為か、誰に言うでもなく独り言を呟いてしまう。

「故郷とは、似ても似つかないなぁ」

今はもう無い故郷。

植物が雑草一つも無いこんな荒野を見て、何故故郷を思い出してしまったが知らないが、それども懐郷の気持ちが何処かで湧いてきた。

故郷と一つたりとも似ていないから、かも知れないが。

「ねぇ、エリスの故郷って、どんなところ?」

私は会話のきっかけのひとつとして、そう話しかけた。

「うーん、暖かくて、優しいところ、かなぁ」

随分と抽象的な、表現だ。

とはいえ、あまり話したくない記憶なのか、と私は思いそこでこの会話をやめる事にしたのだった。



故郷



「四日ぶりのベッドって気持ちいい〜」

ようやく辿り着いた街に着くと、私達は迷わずホテルを探し出し直ぐにチェックインした。

「…ナディ。シャワー先に使うね」

「あ、うん。どうぞー。私はこのまますこーし昼寝しちゃうわ」

四日ぶりのシャワーよりもベッドを優先するなんて乙女失格な気もするが、それでもやはりふかふかなベッドの誘惑には勝てなかった。

すっかり凝り固まった関節を解す様に、一回伸びをしてそのまま目を閉じた。

直ぐに睡魔の波に私の意識は攫われた。



故郷、の夢を見た。

故郷が何者かに襲われた夢。

最近は見ないが、昔は結構見ていたのでなんの感情も湧かなかった。

そういえば、私とエリスは最初、エリスの故郷を目的地に旅していたんだっけ。

いや、今もそれを目的に南へ向かっているんだけども。

でも、最近エリスは目的地の事を故郷と呼ばなくなった。約束の地、と呼ぶだけで。



目が覚めるとすっかり夕方だった。

腕に多少の重みを感じて視線を横に向けると、私の腕を枕にしてエリスは静かに寝息を立てていた。

サラサラした金色の髪からシャンプーの匂いが漂ってきて、私を無意味にドキッとさせる。

私はエリスを起こさないようにベッドを這い出ると、汗でべたべたになった衣類を脱ぎ捨てシャワー室へと向かった。



夜。

2人で夕食にありつこうと街を練り歩いていると、例のタコスチェーン店を見つけた。

案の定、エリスはそれを食べたがったので店内に入り注文した。

「ねぇ、エリス」

「んー、なぁに?」

エリスは口の端にソースがついていることも気づかずに顔をあげる。

「もぅ…」

指の先でそれを拭ってあげると、くすぐったそうにエリスは目を細める。

「そういえば、さっき気付いたんだけどさ」

「アンタ、こないだ車内で故郷の事話したじゃない?記憶喪失じゃなかったの?」

キョトン、とした目でエリスは私を見た。

「ナディの故郷ってどんなところ?」

そんな私の問いに答えず、エリスは私にそんな言葉を投げかけた。

「ん、暑くて、私みたいな小麦色の肌の人が一杯いてさー…」

「そうじゃなくて、ナディにとっての故郷の…んーっと、定義っていえばいいのかな?」

「定義?そうねぇ…故郷っていうのは、なんて言うんだろう、居ると安心できる場所かなぁ」

「でしょ?」

エリスは悪戯っぽく笑うと、再びタコスを口に運びこんだ。

私にはエリスの言いたいことがさっぱり理解できなかった。

「何が言いたいの?」

「だから、私にとっての故郷は――」

エリスは私の腕を指差した。

「ナディの腕の中なの」

一瞬、なにを言っているのか分からなくて、少し考え込んでしまった。

つまり、エリスは私の腕の中にいると安心できて、暖かくて優しくて――。

「ふふっ、ナディってば顔真っ赤」

「う、うるさいっ!!アンタが変なことゆーからでしょうが」

こうして、2人の夜は更けていくのであった。




某掲示板で故郷の話題が上がったので書き上げたss
かっこよく故郷の事をオールドホームとか言わせたかった
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