「――それじゃ、フェイト。またな」
「うん。じゃあね、クロノ、母さん」
クロノと母さんと食事を終えると、私は駅前のデパートで買い物することにした。
夕日が沈みかかって、赤く彩られた町並みはどこかなのはの故郷に似ていて、何となくだが――少し歩き回りたくなったのだ。
「うー、食べ過ぎた・・・」
「もー、だから食べ過ぎだって言ったじゃない」
どこかで聞き慣れた声が聞こえた。
嫌な予感がするが、声がした方を振り向くと案の定、今一番見たくない二人を見てしまった。
苦しそうにお腹をさする、ヴィータとそれを心配そうに見守るなのは。
傍目から見れば、まるで仲の良い姉妹のようである。
だけど、馬鹿げているけど、私から見れば――恋人に見える。
これ以上見てたら、どんどん嫌な自分になってしまう。
私は踵を返してなのは達から距離を置こうとするが――ものの数歩歩いたところで、思いもよらぬ人物から声をかけられた。
「お、フェイトちゃんやんか。こんなトコでなにしてるん?」
はやてが、どこかで見たことのある百貨店の紙袋を片手に持ちながら立っていた。
「は、はやて!!はやてこそ、どうしてここに!?」
「んーウチは、家族の皆に久しぶりに手料理振舞ってやろうと思ォてな、デパ地下巡りの真っ最中や――ゆうても、もう目当てのモンは殆ど買うたけどな。フェイトちゃんは・・・どうしたん?」
少し声のトーンを落として、心配そうにはやては聞いた。
「どうしたのって、私もクロノと母さんと会った帰り、だよ?」
「そうじゃなくてな、フェイトちゃん――酷い顔しとるよ」
そんなの心配してって言っているようなもんやんか――はやてはそう言葉を紡いだ。
「うん、ありがとう。でも、もうだい――」
大丈夫、といいかけた時、はやては私の手首を掴んで私の言葉を遮った。手首を掴む力は強くて、私ははやてが怒っているのだと言う事を知った。
「はやて?」
「そうやって、やせ我慢するの悪い癖やで、フェイトちゃん。――もうエエわ、行こか!」
はやては私の手を掴んだまま、何処かへ連れて行こうとするが、私は立ち止まり抵抗する。
「行くってどこに・・・!」
「そこら辺の喫茶店でええやろ、フェイトちゃんが何で悩んでんのか聞くまでウチは帰させへんからな」
半ば強引に連れて行かれた先は、人気のない喫茶店だった。
どこかで聞いたようなジャズが天井から流れる落ち着ける雰囲気の店だったが、はやては全然落ち着いてなどいなかった。
頼んだ珈琲がテーブルに置かれるころには、はやては口を開き始めていた。
クラシックのテーブルに手をのせて、はやては言った。
「なぁフェイトちゃん。何があったか、ウチに話してくれへん?力になるで」
「・・・はやてはさ、自分を嫌いになったこととか、ない?自己嫌悪っていうやつ」
「ん〜、ウチか?せやなー、最近はあんまりないなぁ。それこそ、車椅子に乗ってた時代は、自己嫌悪なんて毎日のようにしてたけど」
「――私は自分が嫌いで嫌いで堪らないんだ。」
「それがフェイトちゃんの悩みか?だから、なのはちゃんと上手くいかないって?」
「――っ!?なんで、なのはの名前が?」
はやては悪戯っぽく口角を上げて笑うと、珈琲を一口飲む。
「フェイトちゃんが悩むなんて、大抵なのはちゃんのことやろ?」
「――うん。」
「何となく分かったわ。フェイトちゃんの悩み。でもそうすればいいか、フェイトちゃん自身、もう答えは出てるやろ?」
はやては呆れたように私を見ると、頬杖を付いた。
私は珈琲を一口含む。苦い味が口の中に広がった。昔は苦手だったこの味も、平気になったことで自分が大人になったことを感じさせた。
それでも、悩んでいることは子供の様な幼稚な悩み。
はやては、そう言っている様な視線を私に飛ばしている。
昔からはやては、私の悩みを聞いては、私を導いてくれた。
今回も、そうなのだろう。
「う、うん、でも私なんかが――」
「それ以上先を言うたら私、怒るで。多分、なのはちゃんも。なんか、なんて言うたらあかんよ。」
「――ありがとう。はやて」
「私は、フェイトちゃんが嫌いなフェイトちゃんのこと、最高に好きやで。醜い感情なんて、実に人間臭くて愛おしいやないか」
「そう、なの?」
はやては柔らかい笑顔を私に向けるたび、私は何処か救われるような気がした。
私は、なのはと違う生まれ育ちだから――、なんていう思いの所為か、似たような環境で育った彼女の笑顔を見ると彼女に許された気がするのだ。
きっとこの考え方も、なのはも、はやても、怒るのだろうけど。
「わたし――」
と言い掛けた時、喫茶店のガラス張りのドアがカラン、と鳴り来客を告げた。
私たちが座っていた席は少し横を向けば、ドアが見れる位置だったので私もはやても自然とドアの方を見た。
そこにいたのは、なのはとヴィータだった。
「あ、はやてじゃん。何してんだ?」
ヴィータははやての姿を見かけると嬉しそうに駆け寄る。だがなのはは黙ってこっちを見たまま立ち尽くしている。
「や、やぁ・・・なのは」
「なんで・・・?」
「なのは?」
「フェイトちゃん、リンディさん達と食事じゃなかったの・・・?それとも、そんなになのはと出かけること嫌だったの、かな?」
微かに絞り出したような声だった。それを言い終えたなのはが店から飛び出していくのを私は呆然として見送った。
「フェイトちゃん、追いかけといで」
はやてが優しく私を急かすと、ヴィータを自らの横に座らせた。
「うん、ごめんね、はやて」
私は珈琲代をテーブルの上に置いて、なのはの後を追いかけた。
なのはの姿はもう見えなくなっていたが、いる場所は大体想像がついた。
宿舎の屋上、なのはは昔からこういう眺めのいい高いところが好きなこと、私は知っていたのだ。
「――なのは」
「にゃはは、ゴメンね、取り乱しちゃった」
背中を向けたまま、無理に笑い声を上げるなのは。
「はやてといたのは、母さん達と別れた後、偶々会ったから一緒にお茶してただけだよ。なのはと出かけることが嫌だったわけじゃないんだ。寧ろ、なのはを優先したかった」
「うん、知ってる。知ってるのに、ね。嫉妬しちゃった。私ね、フェイトちゃんと一緒に部屋になれて勘違いしちゃってたみたい」
「勘違い?」
「うん、私、フェイトちゃんと恋人になったような、フェイトちゃんは私だけの物みたいな、子供の我侭の様な錯覚」
夜風が私となのはの間をすり抜けた。もう日は完全に落ちていて、さっき私たちがいた街の明かりが遠くで見えるのみだった。
「じゃあ、その錯覚を現実にしようか。なのは」
なのはを後ろから抱きしめ、私は耳元でそっと囁いた。
「――っ!は、反則だよフェイトちゃん。そんな言葉・・・。それに私はフェイトちゃんの恋人になる資格なんか、ない。すぐに嫉妬しちゃうし、不安になるし」
「それなら私だって、なのはの恋人になんかなる資格、ないよ。嫉妬なんていつもするし、今日だって、ヴィータと出かけることが不安で仕方なかった。」
「そ、そんなことないよ!!フェイトちゃんは、いつも素敵で私の一番の親友で――」
「ほら、同じだ」
クスクス、と私が笑うと、なのはも涙目のまま笑った。
ぎゅーっとなのはを愛おしく抱きしめると、なのはから香水の匂いがした。
不快になんかならない、私だけの「なのは」の匂いだ。
人間フェイト・T・テスタロッサが愛する唯一人の人物だ。
聖母の様な人間高町なのはを愛する資格なら私も持っていたんだ。
ただ、それだけのことが嬉しくて嬉しくて、私も泣いた。
「ふふ、フェイトちゃんの泣き虫」
そんな泣き虫には――、そういって、聖母が私にキスをくれた。
展開が駆け足気味な後半。本当はもう少しフェイトさんの悩みの種を広げたかった
はやて部隊長が相談相手になるというのはお約束ですね。