我が家で過ごすバレンタインは、いつも霧香がチョコを作ってくれる。

一緒に住み始めて三年目ともなると最早恒例行事と化してきて、私はバレンタインの日が近づくと自然と霧香の行動を目で追いかけるようになっていた。

料理自体あまり得意としない霧香であったが、今でも初めて作ってくれたチョコの味ははっきりと思い出せる。

市販されている板チョコを湯煎して、固めただけのシンプルなものだったが、彼女が作ってくれることの方が嬉しくて、そこでようやく私はバレンタインデーの存在意義を学んだのだった。

ただ、女性がチョコを意中の人にあげる日ではなく。

愛する者へ愛をこめてチョコをプレゼントする日だと――、こんな言葉遊びの様な解釈は、きっと愛する者がいない人には決して理解できようの無いものだろう。しかし、逆に言えば、当たり前の様な事実として理解できることもある。

事実、私がそうだった。




恋人達にとっては、所謂、愛を確認する日であるバレンタインデーはもう明日へと迫っていた。

仕事の都合で、2人して家を開けて、ようやく帰ってこれたのが一時間ほど前。

もう、マーケットの方も店仕舞いしているだろうと思われる午後の11時頃だった。

私は、パソコンのメールチェックをして早々に寝てしまおうとも思ったが、久しぶりの我が家での睡眠だ。どうせなら霧香と同じタイミングでベッドに入りたい。

そんな事を思い、メールチェックの後、私は今朝もしたはずの愛銃のメンテを行っていた。

霧香といえば、珍しく鼻歌混じりで帰りに購入した本を窓際に腰掛けながら読んでいる。

「霧香、何の本買ったの?」

「これ?これは明日まで内緒」

我が恋人ながら、隠し事が下手すぎる。そんな可愛い照れ顔で、そう言われたら嫌でも分かってってしまうじゃないの。

そんな霧香の様子に自然と口元が緩んでしまう。

「ふふ、それじゃあ楽しみにしてないとね」

「あ、明日は買い物に行ってくるから、ミレイユは家にいてね」

「あら、何買いに行くの?」

必死に、内緒で事を運ぼうとしている――霧香はきっと私がバレンタインデーに気付いてないと思っているのだろう――霧香が可愛くて、つい悪戯っぽい質問をしてしまう。

「な、何でもないよ。そろそろ寝ようよ。ミレイユ」

付箋を一杯貼り付けた本を、窓際に置くと、霧香は話題を逸らそうとベッドへと向かった。

――そんな所に本置いちゃって、私がうっかり中を覗いたらどうするつもりかしら。

そんな、何処か抜けている霧香も愛おしくて、私は益々明日が楽しみでしょうがなかった。




私が朝起きると、既に霧香は隣に居なかった。霧香が寝ていたであろう場所に顔を埋めてみるが温もりは無い。

霧香がベッドから出て、時間が経過した証拠だ。

「もう…張り切っちゃって」

私は誰に言うでも無い小言を呟くと、ベッドから這い上がりシャワーを浴びに向かった。




濡れた髪の毛を丁寧にバスタオルで拭きながら、時間を確認すると午前の11時。予想以上に眠ってしまっていたようだ。とはいえ、今日は仕事の予定も無い休日。これといって焦ることも無いのだが、

「やること無いのよねぇ」

パソコンで依頼のメールをチェックするのも、ものの数分で終わってしまうし、本棚にある本は殆ど読み終わってしまった。

外に出て買い物がてら散歩というのもいいが、昨日霧香に「家にいて」と釘を刺されているのでそれも出来ない。

「少し手の込んだお昼ご飯でも作るとしますか」

一週間も家をあけたせいで、冷蔵庫の中の野菜は殆ど全滅していたが、お肉や魚は冷凍していたお陰で、食材に困ることは無さそうだ。

スープパスタとリゾットを作って、冷凍しておいたプロシュットをおつまみにワインでも傾けようかしら。

なんて、冷蔵庫の中身を見ながら、有意義な休日を過ごそうと思いを馳せた。

偶には、昼から酔うのもいいかな。

これも、バレンタインデーの魔力だろうか。ようするに浮かれているのだ、私は。




霧香が、両手に紙袋を持って帰ってきたのは丁度昼ご飯をテーブルに並び終えた頃だった。

「あら、お帰り。昼ごはん出来てるわよ」

「ただいま。…豪勢だね、お昼ごはん」

「あはは、ちょっと頑張りすぎたわ」

私は、霧香に席に着くように薦めると、霧香のワイングラスにぶどうジュースを入れてやる。

自分のにはワインだ。

少ししょっぱいプロシュットに、甘口のワインはとても合っていて自然と飲むスピードが速くなる。

「ミレイユ、いい事あった?」

「どうしたの?急に」

霧香は、ワインを飲む私を柔らかい笑みで、覗くように見つめていた。そんな霧香の視線に気付くと、そんな質問を投げられた。

「だって、幸せそうにお酒飲むんだもの」

「私は――」

と言い掛けて、私は言葉を止める。「私は、霧香が隣にいる限り、ずっと幸せよ」と、言うつもりだったが、今日はバレンタインだ、夜にまでこの台詞は取って置こう。

「そうかしら?霧香は何買ってきたの?」

「ううん、買ってきたわけじゃないけど。――はい、これ」

霧香が少し頬を染めながら、渡したのは丁寧にラッピングされた小さい包み。少し考えればチョコだと分かるが、家の台所は使った形跡が見られない。

「ふふ、何かしら。」

霧香なりのサプライズに私は乗ってやり、包みを開けると、ハート型のチョコが入っていた。

チョコには文字が書かれている。

『ずっと大好きだよ』

「まったく…。アンタって――」

どうしてこうも、私の心をくすぐるのか。

「え?嫌…だった?」

霧香は、私の様子を見て不安そうな顔になる。私は、椅子から立ち上がり霧香の身体を抱き寄せた。

「嫌な訳無いじゃない。私も大好きよ、霧香」

霧香の口元にキスを落とすと、そのままベッドへと連れて行った。

昼?そんなの関係ない。アルコールで火照った身体と、霧香に酔わされたこの気持ちはもう止まらないのだから――。




「それで、このチョコレート、どこで作ったのよ?」

私は霧香の肌の温度を感じながら、聞いた。外はすっかりと、日が赤くなり、もう少ししたら晩御飯のしたくをしなければならなかった。

「ポーレットさんのところ」

「…ポーレットに教えてもらったの?」

「うん、それと台所も貸してもらった」

「家で作ればよかったのに」

エプロン姿の霧香を眺めたかった、という本音もあるが、それは言わない。霧香は私にすっぽりと納まる形で抱きしめられており、二月の室内とはいえ寒さを感じることはなかった。

「だって、ミレイユ、バレンタインデーに気付いてなかったからこっそりと作ろうと思って…」

「…アンタってホント…天然ね」

「?」

私は苦笑するしかなかったが、霧香は頭上に疑問符を浮かべていた。そんな霧香に向かって私は、言う。




「ありがと、霧香」


久しぶりのミレ霧ss
バレンタインssって意外と難しい
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