暑い、が日本とは違い湿度も低いのでカラッとした爽やかな暑さだった。
だからなのか、私は夏になると訳も無く体を動かしたくなる。
メイに言わせて見れば、いつも体を動かしたがっているように見えるらしいが。
そんな事を思っていると、トレーニングルームの方から長ったらしい技を叫ぶ声が聞こえる。
――自然と口元が緩む。
いつだったか、彼女は大粒の涙を流して、顔を真っ赤にして、顔を俯いて寮の直ぐ傍の海岸で私に向かって気持ちをぶつけてきたことがあった。
好きだ――と彼女は言った。
自分でもわかんないけど、アンタが好きで仕方ないのよ!!アンタの所為で、練習が手につかないじゃない!!
細かくは覚えてないが、確かこんな言葉だった気がする。
そんな告白とも責められているのかともいえない、彼女の叫びを聞くまでは、正直、そんな風な目で彼女を見たことはなかった。
そんな彼女に私は――……
私と彼女の特別な関係
額に汗の玉を作りながら一生懸命練習していたメイは、私がトレーニング場に来たことに気付くとトレーニングをいったん止めタオル片手に私に近づいてきた。
「あれ?今日使う予定あった?」
使う予定、というの新作のショー用に作られた新しい空中ブランコだった。練習用には一つしか作られてないので、基本的には交代で使用していくのだ。
「ううん、ただメイの練習する姿見たいなーって」
何気なく放った私の言葉に、メイは顔を赤面させる。
私の言葉に一喜一憂してみたり、表情をコロコロと変える彼女を見ていると、ああ私ってホントに愛されているんだなぁ、と思う。
自惚れ、という訳ではないが。
「わ、私の練習見る暇あるなら、自分の練習でもしていたらどうなのよ?いくら、ソラが今回の主役だからって言っても、アンタが不甲斐なかったら私が主役奪い取るわよ」
びしぃっと、オーバーな動きで私を指差しながらメイはそう言い終えると、メイは休憩は終わりとも言わんばかりに、踵を返す。
「分かってるよ。でも、息抜きも大事だよ、メイ。新しいショーが決まってから私達、練習してばかりだよ。だからさ――」
練習用ブランコの台の梯子に足を掛けたメイに聞こえるように、少し大きめの声で言う。
「だから、何よ」
「だから、午後からデートしようよ」
そう、私達はライバルであり仲間であり特別な『関係』でもあるのだった。
――……
目尻にうっすらと涙を滲ませながら、告白とも取れる言葉をぶつけたメイに私は応えた。
「ありがとう、メイ。何となく――本当に何となくだけど、私も、メイの事好き…かもって思った」
「かもって何よ。ハッキリしなさいよ」
段々と、水面に葉が落ちたときに出来る波紋のように、愛おしいという気持ちが広がっていく。
自分でも不思議に思うくらい、すごいスピードで、彼女に魅かれていくのが分かる。
「ううん、かもじゃない。好きだよ、私。メイの事」
感情を剥き出しにして私に向き合ってくれる姿とか、輝くために努力を惜しまないところとか、意外と世話焼きなところとかも。
ああ、思っていたよりも私はメイの事、気になっていたんだ。
「――っ。ま、真顔で好き、とか言うなッ!」
照れるじゃない、ときっと台詞の後に括弧内に入っているかのような、怒っているような照れているような顔で、メイはそう言った。
「照れ隠しに、怒っちゃうところも――好き」
私はそんなメイの様子が可愛くって、意地悪く私はメイの反応を楽しみながら言葉を続ける。
「ば、バカッ!!」
辺りに聞こえるのは、波が引いては返す音と、私達の声だけだった。
月明かりに照らされた、メイの綺麗な黒髪は艶やかに光っていて、素直に綺麗だと思える。
私はメイの腕を引き寄せて、そのまま抱きしめる。
私達の特別な関係は、何てこと無い、こんなカレイドステージを牽引する2人とは思えないほど普遍的な始まり方だった。
だけどそれでも、やはり、私達にとっては特別なのだ。
……――
午後になって、太陽を反射して鉄板の様な暑さになったアスファルトの上で私はメイが来るのを待っていた。
本当は寮の入り口で待ち合わせでも良かったんだけど、こうやって外で待ち合わせしたりするのがちょっとした夢だったのだ。
いくらカレイドステージのトップスターと言えども、まだまだ少女みたいな夢を持つ年頃なのだ。
いつだったか、以前に銀行強盗の事件があった銀行の前で待ち合わせにした。私はあまり財布に現金を入れない主義なので、デートのための軍資金を下ろすという意味合いも兼ねてだ。
額に汗が滲み出た辺りで、メイが小走りでやってきた。
練習での汗を流したのだろうか、まだ髪の毛先が微かに濡れていることに気づいた。
「暑いわねー。何とかなんないの?」
茹だるような暑さに、心底うんざり、というような面持ちでメイはそう言う。海の近いケープメリーは、水着の様な格好にサンダルで街を出歩く人が多く居るのだが、それは暗にそうでもしないと暑過ぎるというのを示している訳だ。
「な、何とかって言われても…。あ、そうだ、ジェラートでも食べに行こうよ」
「あら、いいじゃない。」
メイが快諾したのを確認すると、私はメイの腕に抱きついて歩き始める。
「ちょっ、ソラ!!こんな、人前で…っ!」
「いいでしょ?私今、メイに甘えたい気分なの」
「…アンタ、性格変わったわね」
「なかなかいい店知ってるじゃない」
メインストリートから少し入り組んだ路地にある、私のお気に入りのジェラート屋に連れて行くと、メイは上機嫌になった。
私だけの秘密の店だった。ミアもアンナも知らない、私が偶に一人でふらりとよる、そんな店だ。
「ふふっ、いいでしょ?お気に入りなんだー。特にこの、マンゴー味が」
舌の上で少しづつ融けていく感触を楽しみながら、私はメイの顔を見つめる。
メイが注文したのは、スタンダードなチョコチップバニラだった。
「それで、この後どうする?」
舌先で、メイはチョコチップだけを掬い取る。その仕草に、私は何処か扇情的な気分を覚えながらも、ケープメリーの遊べる場所――もとい、デートスポットを思い出そうと頭を巡らせた。
「そうだなぁ…メイは良い所知らないの?地元民でしょ」
「知ってるけど…正直アンタは何が楽しいと思うのか分からないのよ」
ま、アンタは何処でも楽しそうにするんだろうけどさ、とメイは付け足す。
「うん、メイとなら何でも楽しいよ」
「ったく、アンタにゃ敵わないわ…」
結局つれてこられたのは、スケートリンクだった。
久しぶりにスケートで勝負よ、とメイが意気込んだ割には、いざ到着となると普通に滑っただけだった。
いや、普通、というのはおかしいか。
メリルさんが思わず感嘆してしまうくらい、メイは楽しそうに滑っていた。私が転びそうになると、優しく抱きかかえてくれたし、上手く滑れたり私が思いつきの奇抜な動きをしてみたりすると、以前では見ることの敵わなかった、笑顔を垣間見ることが出来た。
――メイは本当に、笑うようになったと思う。
もちろん、以前のようにマイペースで我侭で、私以外のメンバーと仲良くなろうとする気も無いわけだが、それでも私の前ではとても素敵な笑顔を見せてくれる。
だから、私はメイの傍にいると心安らぐのだろうか。
なんて事を話すと、メイはこう答えた。
「はぁ?キャストの私が笑えなかったら、客が喜ぶはず無いでしょ」
すっかり日も暮れ、寮の食堂で夕飯を取った後、私の部屋で軽いティータイムをしていたはずだった。夜になっても、未だ暑さの残る部屋で私達は、ベッドの上で重なるように寝転がっている、
互いに一口程しか飲まなかった紅茶はきっとすっかり冷めているだろう。
「それとも、何?私はアンタといても笑わないような薄情者だと思ってたの?」
――そういうことじゃなくてさ。
「アンタといることが苦痛なら、私はアンタと――その、こんな関係になって無いわよ」
――こんな関係って?
「ベッドの上にいると、本当にアンタは性格変わるわね…。天使の技を演じた張本人だとは、到底思えないわよ」
――いいから、答えて。
「だ、だから特別な関係って事よ」
――ふふ、照れてるメイは可愛いね。
「――っ!!い、いきなりキスするなぁっ!」
――じゃあ、どうして欲しい?
「答えてやらないわ。――どうしても、っていうならアンタが力づくでやってみなさいよ」
メイの挑戦的な視線に、ぞくり、と震える。
私は、メイの首筋からそっと鎖骨へと指を這わせた。猫なで声にも似た、嬌声が小さく響く。
――じゃあ、お言葉に甘えて。