アスファルトから照り返す熱気に、滲み出る汗を手で拭いながら私はコンビニ袋を片手に提げて、重い足取りで歩いていた。
色白の肌が表している様に私は夏が苦手だった、夏休みまであと一週間切った一学期最後の週末、特に部活をしている訳でもない私は暇をもてあまし、冷たい飲み物を求めて外に出たが少し後悔していた。
「こんなに暑いなら、麦茶で我慢しとけばよかった…」
家を出たついでに、誰か友達と遊ぼうかとポケットから携帯を取り出したその時だった。
自転車に乗った、多分、私よりも年下の女の子に目を奪われたのだ。
私と同じように、Tシャツの裾から除いた白い肌の少女。優しそうな表情をしたまま私の横を颯爽と通り過ぎるのを私は目を奪われたまま、見送った。
初めて、人を美しい、と感じたのだった。
七月二十日 暑い夏の日の一目惚れ
「そ、それって一目惚れって言うやつじゃないですか?」
キャー、と一人不思議と盛り上がっているリーネを横目に、相談する人物を間違えたかもしれない、と私は少し溜息をついて、横にいる宮藤の方を見た。
宮藤は宮藤で「お、おっぱいは大きかったですか?」とか意味不明な質問をしてくるし・・・、まともに応えてくれたのは、結局ペリーヌだけだった。
「一目惚れ、と言いましても相手は同性ですわよ?そんな、ただ単に知り合いに似ていた、とかじゃありませんの?」
このクソ暑い日に紅茶を啜っている物好きなペリーヌは、私を一番納得させる言葉を放った。
ここはクーラーの効いた駅前のファミレス。あの後、私は同じクラスのリーネと遊ぼうかと、電話を掛けると「じゃあ、芳佳ちゃんとペリーヌさんもよびましょう」と言うので、結局いつもの四人が集まった訳だ。
「相変わらずここのドリンクバーは紅茶の種類が少ないですわね・・・」
「夏くらい冷たいの飲めよ」
見ているこっちが暑くなる。宮藤はメロンソーダ、リーネは麦茶、私はコーラを飲んでいるのだが一人だけ湯気を出して眼鏡を曇らせているペリーヌを見て、思わず突っ込むがペリーヌはいつもどおり忠告を無視した。
「それにしてもエイラさん、その娘って同じ中学校なんですかね?」
「いやー、私は今まで見たことないなー」
「そ、そもそも部活やってない私たちはあまり後輩のこと詳しくないですもんね・・・」
苦笑いを浮かべて、麦茶をストローから飲むリーネ。
リーネの言葉に私は、確かにナ、と思った。
「私たちが知ってるのは、ルッキーニくらいだもんナー」
ルッキーニは、私たちが仲の良かったシャーリー先輩の幼馴染で、何回か一緒に遊んだこともあった。
私は、飲み終えたコーラがズズズッと音がなるまでストローで吸うと、再び彼女の顔を思い出す。
「あ、顔がにやけてる」
「やっぱり一目惚れなんじゃないんですか?」
「う、み、見るナヨー!!それに一目惚れなんて――リーネは少女マンガの読みすぎじゃないのカ?」
「でも絶対今の、さっき会った娘のこと思い出してたよねー、リーネちゃん」
「う、うん。・・・一目惚れなんて、素敵ですねぇ・・・」
「――相変わらず人の話を聞かない二人ですわね」
呆れた様子で二人でキャッキャッと盛り上がっている様子を眺めるペリーヌ。私からしたら、お前も人の話を聞かないんだがナ。
「で、これからどうするんですの?」
アールグレイを飲み終えたペリーヌは、「ずっとドリンクバーで話すのもいいですけど…」と付け足すが、その声色からは早く出たほうがいいのでは、という主張が読み取れた。
確かに、時間帯は丁度お昼時に入り込み、混み始めた店内でドリンクバーのみでずっと居座るというのも心が痛い。ついでに店員の視線も痛い。
はて、どうしたものかと悩んでいると。
「じゃあさ、皆でプール行かない?」
「プールって市民プールカ?」
「はい!今日暑いし、みんなで行きましょうよ」
宮藤は目をキラキラさせながら提案する。
何となく宮藤の目的は分かったような気もするが・・・。リーネはあまり乗り気じゃない様子、ペリーヌはどちらでもよさそうだ。
何か懸念がありそうなリーネに、一応承諾を取ってみる。
「どうする?リーネ」
「あうう・・・。み、皆が行きたいなら、行きますけど・・・」
あー、何か去年も見たナ、この光景。
既視感を覚えながらも私は、リーネの耳元で小声で聞く。
「――また、胸が大きくなったのカ?」
「ひゃっ!!な、なんでそれを・・・」
ふむふむ・・・、この反応当たりダナ。
やはり去年と同じだった。確か去年もリーネはこうやって胸が大きいのを気にして海やプールへ行くことに乗り気じゃなかったな。
――とはいえ、引っ込み思案なリーネは結局すっかりその気になってしまった宮藤を止めることを出来ず、一旦昼ご飯を食べるついでに水着を取りに解散して、再び私たちは市民プールの前に集合していた。
自転車に乗りながらアイスを咥えてノホホンとマイペースにやってきた私が最後だった。
セミの鳴き声が暑さを助長させているような夏の午後、いつもは大人ぶっている――宮藤やリーネの前だけであるが――の私としても嬉しいイベントであり、それはペリーヌにとっても同じようで一番遅く着いた私を待ちきれないという風に不機嫌そうに小言を言った。
それは何時ものことなので、私はそれを適当に受け流し、受付へと向かう。
中学生は無料でプールに入れるので、少し得したような気分のまま更衣室へ向かうと、何処かで聞いたような声が宮藤の名を叫んだ。
「あ、芳佳だー!!」
日焼けしたのか、いつにも増して肌が黒くなっているルッキーニがこちらへと走ってくるのが見えた。
「あ、ルッキーニちゃん!!」
プールサイドではないが、それでも多少濡れている更衣室を走るルッキーニをハラハラしながら見守るリーネとペリーヌ。
そんな心配をよそに転ばずに芳佳の胸に抱きつくルッキーニ。
「うじゅる〜、やっぱり芳佳は残念賞・・・」
「もぅ〜ルッキーニちゃんったら。・・・あれ?シャーリー先輩ときたの?」
普段なら保護者代わりとしてついて来ているであろう、シャーリーの姿が見えないので宮藤は訊いた。
「んーん。今日はね、同じクラスのサーニャと来たんだよ」
「誰ダ?それ」
私は、更衣室を見渡すが、ルッキーニと同い年そうな子は見えなかった。塩素剤の充満する更衣室では中学生よりも小学生の比率の方が多かった。
「んーとね、恥ずかしがりやさんだから、ロッカーの隅とかにいるかも。先輩ばかりで緊張してるんだよきっと」
確かに知らない先輩が四人もいたら、引っ込み思案な性格でなくとも躊躇うだろう。
それから、ルッキーニがサーニャを呼びかけると更衣室入り口付近のロッカーから緊張した面持ちで半身だけ、サーニャと呼ばれた子は覗かせた。
綺麗なさらさらの髪の毛に、大人しそうな顔立ち、――今朝見たあの娘だった。
「ごめんね、サーニャちゃん・・・だっけ?知らない先輩が居たらびっくりするもんね」
リーネは気を利かせて、サーニャに優しく話しかけた。
その言葉に安心したのか、サーニャはルッキーニの背後に体を隠しながらも緊張した声で自己紹介した。
「さ、サーニャ・V・リトヴャクです。ルッキーニちゃんとは同じクラスです」
「サーニャ・・・」
私は小さな口から発せられた可愛らしい自己紹介に思わず、その名を呼んでしまった。
サーニャは私の呆けた独り言に、伏せていたまつ毛を上げて私の顔を覗き込みながら返事をした。
「はい?」
「あ、い、いや。私はエイラ・イルマタル・ユーティライネンっていうんだ。エイラって呼び捨てでいいぞ」
私は慌てながらも機転を利かせて自己紹介をした。
「よろしくお願いします。エイラ・・・さん」
呼び捨てでいいと私は言ったのだが、やはり初対面で抵抗があったのかサーニャは一拍置いて、さん付けにした。
それから、宮藤たちも名乗った。
「私は宮藤芳佳っていうの、こっちはリーネちゃん。よろしくね、サーニャちゃん」
「私はペリーヌと申します。ペリーヌ、で結構ですわよ」
夏休み直前の休日だからか、プールはかなり混雑していた。こないだ出来たレジャープールのお陰で、例年に比べて客の入りは少ないだろうが、それでも人ごみが嫌いな私にとってはまだまだ多い方だった。
「ルッキーニちゃんたちは午前中に泳いだからもう帰るって」
水着に着替え終えた私たちは、プールサイドで足だけ水につけながら話していた。
「ルッキーニだけだったら、午後も泳いでたんだろーナ」
「サーニャちゃんあんまり運動とか得意そうじゃなかったもんねー」
「それにしても、綺麗な子だったナ」
私と似たような色素の髪に、雪国生まれの様な白い肌。
二度目の出会いは、一目惚れだったというのを確信させるのには十分だった。
しかし、一つ問題が。
相手が自分より年下の『女性』だということだった。
「あー・・・自分でもヤバイって思っちゃうナー」
結局茹だるような暑さの中プールに来たというのに楽しむことが出来ず、私はモヤモヤとした心を抱えて家路を辿ることとなったのだった。
スト魔女パラレル第一弾。単発の予定でしたが、パラレルのまま色々なキャラで展開するのも面白いかなぁと思い中途半端に終わりましたw
エイラニャが書きたかったというより、年の近い四人の絡みを書きたかったという方が強いかも