ポツン、と神様が大陸を作る時に誤って陸を零してできてしまったような小さな島に私生まれ育った。

島民は皆知り合いで、どこで誰が何をしていようが直ぐに分かってしまう、そんな島だ。

島の中央には綺麗な湖が広がっていて、私はそこの湖畔でぼーっと湖を眺めるのが大好きだ。

私の両親は、島に二つしかない診療所のうちの一つの医者夫婦。だから私も父と母の仕事を双子の妹と一緒に継いで、一生この島で生きていくのだろうと思った。

別にこの島は嫌いではなかったし、医者として働いている両親の姿も好きだった。

だから尚更、この島を離れることなんて想像もしなかった。



私の世界



「姉さん、学校行かないの?」

妹のウルスラが制服に着替えて、平淡な声で玄関から私を呼んだ。

私は「うん」とだけ応えるとウルスラは短い返事をして学校へと向かう。

赤道近くに存在するこの島は夏でなくても暑いというのに、真夏のこんな蒸した日に誰が学校へ行く気になろうか。

でも本当は暑いのが嫌いなのではない、勉強が嫌いなだけ。

私はビーチサンダルを履いて、自転車に跨るといつもの湖へ向かった。ここなら人はあまり来ないし、昼寝に最適な日陰も多い。

昔から私は嫌なことや、悲しいことがあるといつもここに来ていた。

そしていつも、トゥルーデが迎えに来てくれたんだっけ。

もう四ヶ月も会っていない、友人の顔を思い出して私は頬を緩ませた。

最近別に嫌なことも悲しいこともあった訳でも無いのに、私は良くここに足を運んでいる。

何故だろうと、首を傾げていると茂みの奥から話し声が聞こえた。

もちろん私の聞き覚えのある声、聞き覚えのない声だとしたら外から来た人だからだ。

「宮藤とリーネじゃん、なにしてんの?」

「うわっ、あ、ハルトマンさんこそ!」

私の声に驚いたのか、宮藤は寝転がった私の姿を指差して声を荒げた。

「あのなー、人を化けて出たみたいに・・・、ま、いいや。私は学校サボりー。二人もサボり?」

リーネは手に持ったスケッチブックを私に掲げて見せて言う。

「い、いえ。私たちのクラスは今日は午前中、写生会なんです。それで、いい風景ないかなって」

「ああ、そっか中学生は美術必修だもんねー。高校は選択だから楽だよー」

家から持ってきたサンドイッチを頬張りながら、私は再び上体を寝かした。

「じゃあ、私たちはもう少し景色探してきますね」

「はいはい。がんばってねー」

私は二人を見送ると、瞳を閉じて眠りに落ちた。



――・・・・

「ふーん、トゥルーデ、島の外の大学行っちゃうんだ」

「ああ、どうしてもやりたいことがあるからな」

去年の今頃、トゥルーデは私に島外の大学に行くことを私に告げた。

どうしてもやりたいことがあるという、結局それが何か私は最後まで知ることは無かった。興味も無かった。

ただ、この島では島外に出ることは珍しく、殆どは高校を出ると家業を継ぐ。

先輩だったミーナも島の学校の音楽の講師になったし、坂本美緒も温泉宿と道場をどちらも継いだ。

トゥルーデにだって、じゃがいも農園があるはずだった。

「――クリス、はどうするの?」

「ん、ああ、クリスは笑って承諾してくれたよ。実家は私が継ぐからお姉ちゃんは気にしないで、って」

「そう・・・。お土産、買って来てね。甘い奴じゃないとヤダよ!」

「ははは、フラウはお菓子が好きだもんなぁ」

トゥルーデは笑ってそういうと、私の頭を撫でた。

きっと私が寂しがるなんてこと、ちっとも想像付かないで、私の中でトゥルーデの存在が如何に大きいかなんて知らずに私に向かってそう話した。

だけれど、その時の私もトゥルーデのいない日常の寂しさや存在の大きさなんて知りもしなかったのだ。

――ただ目の前には、日々があって。私はその上を歩いていくだけ。変化なんて無く、ただ平和で楽しくて、何処か現実味のない日々を噛み締めることなく生きていくのだ。

だけどトゥルーデは、私が知りもしない日々へと足を伸ばし、夢を見ている。ただ、それだけが羨ましかった、それだけが未だ記憶に新しい。

だから私は、貴女が居なくなった日から心の中ではいつも叫んでいるんだ。

私も、夢を見たい。



・・・――

「・・・あー夢、か・・・」

「あ、起きた」

暢気そうな声が頭の上から聞こえる。

「ん?」

眠気眼を擦り声のするほうを見ると、宮藤とミーネが体育座りで写生していた。

「・・・なんだ、結局ここにしたんだ」

「はい、それより大丈夫ですか?」

リーネは心配そうに、私の顔を覗き込んだ。

「んー、何が?」

「随分うなされていましたよ?『行かないで』って」

「・・・・・・・・・、何か悪い夢でもみてたのかな。ははは、ゴメンねー」

私は軽く笑うと、立ち上がった。それから欠伸を噛み殺して伸びをした。

「んー・・・、ふぅ。リーネ、今何時?」

「えーっと、十一時半です」

「そ。じゃあ、そろそろ学校行くかなー」

私はそういうと、制服に着替えるために家へと向かった。



「お、来たか!遅いぞ」

同じクラスのシャーリーが私の姿を見ると、手を招いて私を呼んだ。

「遅いって?」

「今日は調理実習だろ?ペアのお前がいないと私しかいなくなるだろ」

「・・・あ〜そっか。シャーリーって私の料理食べたことないんだっけ」

「ん?ああ、そういや付き合い長いはずなのにハルトマンの手料理食ったことないな〜」

シャーリーがウチに泊まりにきたときはいつもウルスラが手料理を振舞っていてくれたし、私自身が料理する機会なんて滅多にないのでしょうがないだろう。

気楽に笑っているシャーリーを横目に、家庭科の成績が悪くなるであろう事は確実なので私は心の中で軽く謝った。



「・・・お前、料理が苦手なら何でわざわざ学校来たんだよ・・・」

「何って、授業に出るのが学生の本分でしょ?」

「まさかサボり魔のお前からそんな言葉が出てくるとはな・・・」

呆れたような口調でシャーリーは言うと、浜辺のさらさらした砂の感触を楽しむようにサンダルを脱いだ。

放課後になって私たちは海へ来ていた。

「やっぱりここからじゃ本島は見えないねー」

「あはは船で丸一日移動しないと着かないから肉眼で見えるはずないだろ」 「あーあ、何でこんなに遠いんだろ・・・」

会話はそこで一旦途切れ、シャーリーは私の瞳を覗き込んだ。私はといえば、紅く夕日を照らした水面を見つめ、溜息を吐く。そんな様子を見ていたシャーリーは口を開いた。

「――なぁハルトマン。将来の夢とかって、考えたことあるか?」

「どうしたの突然」

「私はさ、実はレーサーになりたいんだ」

ヘへヘ、と恥ずかしそうにシャーリーは語った。その顔は何となく、あの日のトゥルーデに似ていた気がする。

「工場はどうするのさ。シャーリーしかいないんだし、困っちゃうんじゃない?」

「多分親父は大反対だろうなぁ。だからさ、高校卒業したら、こっそり本島に行ってやるんだ」

「内緒にしとけよ」とシャーリーは付け足すと、軽く笑った。

「きっとルッキーニは大泣きするよ」

「うん、知ってる」

シャーリーに懐いている元気な少女の泣き顔を私はまだ見たことが無かった、

だがしかし、シャーリーのその行動は十分に彼女を悲しませるに至るであろう事はあまり接点のない私でも確信できた。

「・・・シャーリーはさ、置いてかれる人の気持ちなんて考えてないよね」

その人がどんな気持ちで旅立つのかも知らないように――一方的に置いていかれる人の気持ちも知らない。

シャーリーもトゥルーデもそこの所は考えていないのだろうか。考えていないのだったら、きっと私は――。

「――そうだな、でもルッキーニだったら私がいなくなったって直ぐ立ち直れるさ。それに、私は夢を諦めたくない。」

「それは勝手だよ!自分の夢を優先して他人の気持ちなんて蔑ろにする、それがどんなに辛いことかわかってないよ」

「お前だって――私がどんなに辛い思いでそれを選択したか分かっていない」

「でも――」

「でも、か。じゃあ私も言わせて貰うがな。『でも、夢も大切なんだ。勿論ルッキーニのことは大好きだし大切にしたいと思っている。でも、自分の夢も大切にしたいんだ』、お前も夢を持っていたら分かるだろう?」

「私は、夢、なんて。昔から医者になることが当たり前だと思っていたし、それ以外の将来の自分なんて想像もできないよ」

「じゃあさ、したいことは?」

「――あるけど」

それは、大好きな、居なくなって大切だと実感したあの人の下に居たい、という稚拙な欲。

「それが夢だよ。私は、お前らしくないと思う。いつものハルトマンだったら、天真爛漫に、自分に忠実に、好きなことをやっていただろ?それにさ、あの堅物も私と同じ気持ちだったと思うよ」

「私の事を大切に思っていたって?トゥルーデが?」

「さぁね?確かめに行けばいいじゃないか」

「どうやってさ」

私は、唇を尖らせて海に石を投げ込んだ。広がった波紋が波でかき消されるのを見ながらまつ毛を伏せた。

「はははは。ほら、行ってこいよ」

シャーリーは柔らかく笑うと、私に封筒を手渡す。中には本島に行くには十分の金額の紙幣が詰まっている。

まつ毛を伏せていた私は、突然のことに驚いた。

「あの堅物をからかいに行けよ。多分、それが一番お前らしいよ」

「シャーリー・・・こんなに貰えないよ」

「勘違いするな。私が夢をかなえるために本島へ行ったら、利子に色つけて返してもらうからな。」

親友の恋路を応援するのも私の大切な事の一つだしな、シャーリーは私の髪を撫でながら付け足す。

「ありがと――これじゃあ、行かないわけにはいかないか」

「あの堅物驚くだろうな」

喉を震わせてシャーリーは悪戯っぽく笑うと、私の背中を叩いた。

「ほら、今から準備すれば最終便に間に合うだろ、いってこい!」

今すぐに?と聞き返そうと思ったが、その問をシャーリーに投げかけたところで答えはもう分かっていた。

長い付き合いだ、きっと彼女はこう言うだろう――。

すぐ行動しないと決意が鈍るぞ。

私はシャーリーに別れを伝えると、どうやって驚かせてやろうか、そんなことで直ぐに頭の中は一杯になった。



私はシャーリーと別れると、直ぐに自分の部屋に駆け込んだ。

溜め込んだお小遣いを全て財布に突っ込んで、一番大きい鞄の中に服や大切なものを入れた。

――きっと何一つ私の心の中では解決していないけれど、それでもやりたいことがあるんだったら、行動しなきゃ私らしくない。――シャーリーはそう言った、私に。

大きな鞄を背負って、玄関まで忍び足で向かうと、不意に呼び止められた。我が妹ながら相変わらず平淡な声、それでも表情は私を不安げに見つめている。

「姉さん、出て行くの?」

「ウーシュ・・・。うん、ごめんね。ハルトマン病院はウーシュに任せた!」

湿っぽくなるのは嫌いなので、無理やり明るくそう言うと、ウーシュは意外にも笑みを見せた。眼鏡の奥からは、どこか嬉しそうな呆れたような色が滲み出る。

「実を言うとね、バルクホルンさんが島を出て行った時から、姉さんがいつ島を出て行くって言い出すかと思っていたの」

昔から姉さんは天真爛漫だから覚悟はしていた、寧ろ今まで追いかけなかったほうが驚き、とウルスラは言う。

「あちゃー、妹にまで見透かされていたか」

「父さん母さんには私から伝えておくから、元気でね」

傍から見れば淡々とした別れの言葉だろうが、私達姉妹からすれば十分だった。

「うん、ありがと」

ウルスラに別れを告げると、本日最後の定期便に滑り込んだ。遠ざかっていく島を見て、本当に神様が間違って作ってしまったみたいだな、と笑った

。不思議と寂しいとか感じなかった、それはきっと私にとって、あの島と別れるより、トゥルーデと別れる方が辛いからだと思う。

私は会いにいくよ、あって不満をぶつけて我侭を言って、困らせてやるんだ。

想像すると何だか楽しくなって、遠い地で頑張る彼女に思いを馳せた。

あの困り果てた顔を、怒った顔を、心配そうな顔を、笑った顔を、私だけのものにしてやろう。



トゥルーデが在籍しているという大学に辿り着いたのは、島を出て三日目の事だった。

トゥルーデは私が直ぐ傍に居ることなんて露知らず、木陰のベンチで本を読んでいた。そんなトゥルーデの背後から私はそーっと近づいた。

「トゥルーデー!!」

「うわっ!な、なんだぁっ!?」

勢いをつけて抱きつくと揺れた髪から懐かしい匂いがした。私は耐え切れなくなって、トゥルーデの背中に顔をうずめる。

焦るトゥルーデは、私の姿を確認すると更に驚いた。

「ハルトマン!?なんでここに」

「えへへ、トゥルーデのお土産が遅いから待ちきれなくて」

「はぁ〜、全くお前という奴は・・・」

「でね、トゥルーデ!私、トゥルーデに言いたいことがあるのっ!」

この日一番の大声で、私は『それ』を言った。

トゥルーデは顔を赤めると、しばらく恥ずかしげに唸っていたが、やがて覚悟を決めたように私を抱き寄せた。そして、耳元で彼女はそっと囁いた。

「――私も、お前がいないと、寂しい・・・。お前がよければ、だが、ずっと隣にいてくれないか」

――まだ、将来の夢だとかは見つからないけれど、やりたいことはずっと一つだけあった。

トゥルーデの傍にいたい。

そんな私の言葉に彼女はそう答えた。

将来の夢はお嫁さん、だなんて子供じみた夢を語るつもりはないけれど。

トゥルーデの隣にいること。

きっとこれが私の幸せだったんだと胸を張れるその日まで、一緒にいよう。


ややこしいけど、前の学園パロとは別物パロのエーゲル。実家に帰るとこんな話が書きたくなって執筆。
書き終ってみるとスト魔女ssじゃなくても良かったのでは・・・という疑問がwwあと微妙にエーリカキャラ崩壊してますね
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