ぐんぐんとスピードを上げて、何処までも青い空を魚のように泳ぐ彼女に私はいつからか心魅かれていた。

明朗に笑う姿も、いつも妹か娘のように一緒に居るルッキーニをあやす時の柔らかい表情も、全部全部愛おしく感じた。

私はといえば、そんな気持ちに気付かないふりをして過ごしていた。

トゥルーデは、私の部屋を見て盛大な溜息をよくするが、溜息を吐きたいのは私の方だよトゥルーデ。

私の心の中は、この部屋よりもずっと、汚れてぐちゃぐちゃで整理の目処も立たない状況なんだから。




ウサギの耳にご用心




「おい、エーリカ。今何時だと思ってるんだ!起きろー!」

目覚まし代わりのトゥルーデの声が聞こえる、が私は寝惚けたままの頭で冗談交じりのいつもの返事をする。

「あと二時間〜」

「か、カールスラント軍人たるもの、そんな堕落した生活を送って恥ずかしくないのか!!起きろー!今日という今日こそはお前のそのたるみきった態度を修正してやるーー!!」

うん、いつもどおりだ。

普段と変わらない、いつもどおりにやっていける。

私は心の中でそう確認して、ようやくベッドから這い上がる。

「ふぁ〜、おはよ、トゥルーデ。今日のご飯は何〜?」

「朝御飯は宮藤が作った納豆ご飯に、少佐の持ってきた肝油だ」

「うぇ〜。扶桑の食べ物って美味しいけど、その二つだけは苦手なんだよね〜」

そういった私にトゥルーデは全く説得力の無い反論をしたが、トゥルーデもそれらが苦手なことを私は知っている。

私は寝癖のついた髪のまま、部屋を出た。

朝からトゥルーデの小言を聞く程私は忍耐強くない。

大人しく部屋を出た私を見て、トゥルーデは観念して食堂へ向かうと思ったのだろう、トゥルーデが追いかけてくることは無かった。



「・・・確かハンガーにじゃがいもあったような・・・」

あれ?もう食べきったのかな?などと曖昧な記憶のままハンガーへと裸足のまま向かう。

宮藤や少佐には悪いが、どうも納豆や肝油を好きにはなれないのだ、その上食堂に行けば彼女と鉢合わせになるかもしれないし。

ハンガーへ続く廊下は午前中は日当たりが悪く、今は涼しい外気が寝巻き姿の私の素肌を撫でる。ブリタニアにあった基地と同様、

ここの基地も窓が大きい造りとなっているので暑い季節の今でも不満を感じることは少なかった。

青みがかった世界の中、聞こえてくるのは私の石造りの廊下を素足で歩く音だけ。

しかし、目的の場所であるハンガーの扉に近づくたびに新たな音が私の耳に届いてきた。

かちゃ、かちゃ、と金属同士が触れ合う音に続いて、エンジンが噴く音もする。

整備兵が仕事でもしているんだろうか?

私はそう頭の隅で考えながら、重い鉄製の扉を開けた。

ハンガーの中ではオレンジがかったストロベリーブロンドの長い髪が揺れていた。

その後姿を見た途端、私の心臓はドキン、と跳ねる。

機械作業用の油にまみれたつなぎに身を包んでいる彼女はまだ私に気付いてないらしく、鼻歌交じりの上機嫌に自分の飛行脚を分解して弄っていた。

私は、気付かれないように踵を返そうとしたが、開け放した重い鉄の扉が大きな音を立てて閉じられたため彼女に気付かれてしまう。

「――おー、エーリカか。どうしたんだ?こんな朝早くから」

軍手で額に張り付いた汗の玉を拭いながらシャーリーは屈託の無い笑顔で、私を見ながらそういった。

「あ、朝御飯が、扶桑のやつって聞いたからさ・・・」

私はバツの悪そうな、歯切れの悪い言葉で答えを返した。

「あれか・・・。納豆はいけるけど、私もどうも少佐の肝油だけは苦手でさ――なるほど、それでこないだカールスラントから届いたイモを食べにきたって言うわけね」

ほら、それなら丁度茹でてるところだよ。と彼女が指差した先には、どう見ても調理用じゃないバーナーの上に乗せられた深鍋だった。

「シャーリーも朝ごはん抜いたの?」

「んー、今日はハンガーに篭る予定だからさ。自分で朝ごはん作ってんだ、どうだエーリカ。一緒に食べるか?」

シャーリーは手は止めずに話を続ける。 あまりシャーリーと一緒にいたくはなかったが、背に腹は代えられない、腹が減っては戦はできぬ

――なんて言い訳がましく扶桑の諺で誤魔化しながら、私も一緒に食べることにした。



「最近大人しいよなー。お前」

シャーリーは茹でたイモを頬張りながら、突然そんなことを言ってきた。

作業がひと段落済んだのか知らないが、シャーリーは軍手を脱ぎ、ハンガーの隅にある簡易テーブルで私と向き合う形で座っていた。

私は短く否定したが、自分自身でも心当たりがある。

最近の私はどうも変で、ある人物のことを考えると胸が苦しくなったり、顔が高潮したりする。

――まるで、リーネが好んで読む恋愛小説に出てくる恋する乙女のようだ。

なんて、自嘲しても見るが事実なのだからしょうがない。私は諦めて、敵うはずの無いこの気持ちを心の奥底へ追いやることにしたのだった。

初めは好きになる相手が女性だなんて事自体、私は認めるのに時間を要したのだった。

ちなみにある人物とは、今私の目の前に居る人物、シャーロット・E・イェーガーである。

彼女は私のそんな気持ちを知ってか知らずか、最近私によく話しかけてくる。

その度に私は顔を赤らめたり、逃げるように立ち去ったりしているのだ。

もう、エイラとかペリーヌとかをからかえない位にまで私はどうやら彼女に惚れこんでいるみたいだ。



「んでさ、何か悩んでるわけ?アンタ」

シャーリーは、最後の一個のイモをフォークで刺しながら唐突に聞いた。

「何で?」

「いやさ、最近元気ないなーって思って。いつもだったらさ、宮藤とかが料理してる時、ルッキーニとか誘ってつまみ食いにいくだろ?

でも、最近そーいう光景みないなーって思ってさ」

「べっつにー。たまたまシャーリーが居合わせて無かっただけだよ」

「ふーん、ま、私が口出すことじゃないけどなー」

「ルッキーニは?いないの?いつも一緒なのに」

私はシャーリーにいつもひっついているブランケット大好きな少女の顔を思い浮かべながら、話題を変える。

「アイツは多分、どっかの木の上で寝てると思うな」

「ふーん。・・・――じゃあ、ご飯も食べ終わったし、そろそろ部屋に戻るかな」

私は心地のいいシャーリーの声を聞いているうちに、また意識してしまいそうになったので足早にハンガーを出る。

素っ気無い態度を取る事もなかったのだが、何故か唇は重く普通の会話さえもままならない。

――ウーシュ見たいな喋り方になっちゃってたなぁ・・・。

遠く離れた国で頑張っているあろう妹の顔を思い出しながら――宮藤にお菓子でも作ってもらおうと、宮藤のいる食堂へと向かった。



正午のラッパが鳴ると、私達501部隊は連携の確認をするため、皆模擬戦を行う。

勿論、私も面倒くさがりながらそれに参加する。飛ぶこと自体は嫌いじゃないし、何より参加しないとトゥルーデが五月蝿いからね。

集合場所の滑走路に着くと少佐の声が聞こえてきた。

どうやら最後は私らしい、全員が少佐を中心に集まっており、今日のフォーメーションについて説明していた。

「あれー?もう始めちゃってるのー?ひっどいなー、まだ私来てないっていうのに・・・」

私がそんな軽口を叩きながら、輪に入り込む。少佐は私に気付くと、話を止めた。

「おお、ハルトマン。丁度良かった」

坂本少佐は私の方に向きなおす。

「んー?何々?」

「ハルトマン、今日お前はフォーメーション訓練は無しだ」

「え?ホントにいいの?」

やったー、と腕を上げて喜ぼうとした矢先にトゥルーデが言葉で遮る。

「その代わり、だ。今日は夜間哨戒をしてもらうことになっている」

「えーサーニャンは〜?」

「ここのところ毎日夜間哨戒に行っている。偶には休みを与えないとな。いざという時に魔力が足りなくて迎撃できません、となっては困る」

「それで、私に白羽の矢が立ったと・・・。でも、私ナイトウィッチじゃないし、まともに哨戒できないかもよ?」

「ああ、そこは心配するな。当面ネウロイは来ないというそうだし、ロッテを組んでもらうからな。まぁ、夜の散歩だとでも思って頼む」

少佐はロッテ――二人一組で編隊することだ――を組ませるらしいが、その相手もナイトウィッチでないのだったら意味無いのでは?と思ったが口には出さないようにした。

そもそも、501にはサーニャンしかナイトウィッチは居ないのだし、しょうがないといえばしょうがないのだが。

「ふーん、そういうことなら昼寝でもしようかな〜」

私は頭の後ろに手を当てて踵を返す、素直に見送ればいいものの、トゥルーデは「今日は夜間哨戒があるから特別なんだぞ」と言う。

わかってるよー、と私は手をヒラヒラさせてそう言い放ち、部屋へと戻る。

・・・あ、そういえばロッテの相手誰か聞き忘れたなぁー、なんてベッドに潜り込んで意識がまどろむ直前に私はそのことに気付いたのだった。



夜。トゥルーデが珍しく声を荒げないで私を揺り起こした、しかも鼻歌交じりに。

眠気眼を擦りながら私は、トゥルーデの手に握られた可愛らしい便箋を見て、なるほど、とトゥルーデの上機嫌の理由を窺い知った。

どうやら私が寝ている間にクリスから手紙が来たらしい、トゥルーデとしてはさっさと私を夜間哨戒に追い出して、手紙の返信でも書きたいところなのだろう、

私はクリスから手紙が来たことでニヤついているトゥルーデをからかいながら部屋を出た。

「ふぁ〜あ、昼寝できるっていうのはいいけど、夜に飛ぶのってめんどくさいなー」

途中、サーニャンとエイラに夜間哨戒の注意事項を聞き、ハンガーへ向かう。

ハンガーには、夜勤の整備兵が三人ほどいるだけで私とロッテを組む相手はまだ見えていなかった。

肌寒い風が素足を撫でる、やはり夏といえども夜風は結構冷えている。早く終わらせて暖かい布団で寝たいなー、

なんて思いながら私はハンガーの隅で腰掛けながら夜勤哨戒の相方を待つことにした。

五分と経たないうちに、ロッテを組む相手が姿を現した。

嫌な予感が当たった、というか嬉しい誤算、というか…、シャーロット・E・イェーガーが何時もの飛行訓練用の軍服の上にバイクに乗る時に着ているスタジャンを羽織った姿でハンガーに来た。

「もう来てたんだ。悪いね、寝坊しちまったよ」

そういいながら彼女は、ピョコン、とウサギの耳と尻尾を出しながら飛行脚に足を滑り込ませる。私もそれに続いて、飛行脚へと足を通した。

滑走路に真っ直ぐ伸びたオレンジ色のライトに沿って、私達は滑走して飛ぶ。

整備兵に渡されたランタンを頼りに、高度を上げていく。

そして、雲を抜け満月の明かりで周囲が見渡せるような光度になった頃、シャーリーが私に近づいてきた。

「ハルトマンは夜間哨戒初めてだっけ?」

「んー、夜間哨戒訓練の時が最後かなぁ」

「あはは、私もだ」

聞こえてくるのは、シャーリーのいつもの声とエンジン音だけだった。

「…っくしゅっ!!」

「ん?ハルトマン、そんな格好してると風邪引くぞ」

「もうちょい着込んで来れば良かったなぁ」

「ほら」とシャーリーはそう言って、私の手を繋いだ。

結構無理やりに。

「こうすれば少しは暖かいだろ?」

「……うん」

シャーリーの手は大きくて、暖かい。

私の小さい手はシャーリーの手にすっぽりと入り込んで、熱を帯び始めている。



数十分、経っただろうか、私には緊張と嬉しさで時間の感覚などとうに失われていたから正確な時間は分からないが、しばらく無言の時間が続いた後、シャーリーは口を開いた。

「でさ…、なんでハルトマンは最近、アタシを避けるんだ?」

突然の質問に私は内心驚き、彼女の顔色を窺うが暗くてよく見えない。

「別に避けてないけど」

「嘘つくなよ。何となく、分かってるんだぞ。」

シャーリーの手を握る力が強くなった気がした。

少しムカムカーっとする心に戸惑いを覚えながらも、私は口を付いて言葉が出てくる。

「避けてないってば!!」

怒鳴った後、私は少し意地になりすぎたと思い、シャーリーの手を少し握り返すが、シャーリーは突然、前へ飛ぶのを止め手は離れてしまう。

私も高度維持に留め、シャーリーの方向を振り返る。

「実はさ」

と月明かりに照らされたシャーリーは、申し訳ないような、照れ隠しの様な微妙な表情で話し始める。

「今回、ミーナ中佐に夜間哨戒のこと頼んだの、私なんだ」

「どういうことさ、それ」

「だから、私がハルトマンと二人っきりで夜間哨戒出来るように無理言って頼んだんだよ」

二人っきり、というところを強調されて彼女は言うので私は顔が赤くなった…ような気がした。

「何でそーいうことしたの?」

「そうでもしないとお前が、逃げるからだろ」

「逃げるって…」

「だってそうじゃないか、私がお前に話しかけたり、悩んだりしているの見て相談に乗ってやろうとしても何時もはぐらかして、逃げてるじゃないか」

「…そんなの、シャーリーには関係ないよ」

「いいや、関係あるね」

シャーリーは一呼吸を置いて、言葉を続けた。

「私はさ、ハルトマン。お前のことが好きで好きでしょうがないんだよ。何でか知らないけどさ、私はお前が好きなんだ、異性じゃないけど異性として好き見たいなんだ。

それだけじゃ、関係あるって言っちゃダメかな?」

彼女は、瞳を動かして視線をずらしながら照れたように、そう言った。

初め、私はシャーリーが何を言っているのか理解できなかったが、その言葉の意味を理解し始めたのと同時にどんどん顔が赤くなっていくのが分かった。

上気した頬が月明かりに照らされているシャーリーを見て、私も顔が赤くなっていることシャーリーにばれてしまっているんだろうか、

などと場違いな心配をする自分に飽きれながら、私は何時もの調子でふざけた振りをした。

「ふぅん、シャーリーってば私の事好きなんだぁ〜」

クスクス、とワザとらしく悪戯っぽく笑うとシャーリーは口をヘの字にする。

「わ、悪いかよ!それよりハルトマンの悩み、私が知りたがってる理由分かったろ?教えてくれよ」

シャーリーは再び滞空姿勢のまま私へと近づきながら、そう言った。

「教えてあげてもいいけど、多分聞いても意味無いと思うよ?」

「わ、私じゃ力になれないのか?」

「そうじゃなくてさ――」

私はシャーリーの手を、今度はこっちから握る。

「もう解決しちゃったもん」

シャーリーは「そうか」とだけ言う、そうして私達は夜間哨戒を再開した。



「ところでさ」

もう空が白み始めた頃、シャーリーは言葉を発した。

「ハルトマン、お前はアタシのことどう思ってるんだ?」

私が何て答えたかなんて、もう決まっていた。

私はたった二文字の感情に『大』を足して、悪戯っぽく、シャーリーが赤面するのを予想しながらゆっくりと口にした。

予想したとおりシャーリーは赤面しながらも、優しく微笑みかけてくれるのだった。

今度はルッキーニでも誰でもない、私だけの為に。

シャーリーもエーリカもキャラ崩壊している上によく分からない話となりましたが一応初ss
何か見ているほうが恥ずかしくなるくらい稚拙な分ですが多めに見てやって下さい
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