深深と雪が降る人里離れた古城の窓から温かみのある光が漏れている。
昼頃なら、その古城の周辺では喧しいという程では無くともエンジン音が絶え間なく響く場所であった。
しかし、今はそんな音は一切せず唯静かに城がそびえ立っているだけだった。
それは単に夜だからという理由だけでは無く――多少なりともそれは関係しているのだが――今日が特別な日であるということが関係していた。
そう、今日は12月31日。扶桑式に言うと、大晦日だった。
501のお正月
「さて、新年までは少し時間があるわね。何をしてましょうか?」
部隊長であるミーネが、皆が夕食を食べ終えたのを見計らうと口を開いた。
今、皆がいるのは暖炉のある談話室で、いつもとは異なり談話室で立食パーティー形式で夕食を取っていたのだ。
新年まであと二時間弱。皆で話して過ごすのもいいけど、やはり特別な日。それに各国独自の大晦日の過ごし方があるのかも知れないと、ミーナは思いそう訊いたのだった。
「ふむ…そうだな。扶桑では蕎麦を啜りながら新年を迎えるのが習慣だが。他の皆はどうなんだ?」
坂本少佐は前回の補給の際に、自分と宮藤が頼んだ蕎麦粉の他にも色々な見慣れない食材が届いたのを思い出していた。
「そうだな…私たちの祖国だと、パーティーを開いた後、カウントダウンをして新年をシャンペンで祝うのが普通だな。新年までの夜は未来を占いゲームをしたりするぞ」
「占いなら私がやってもいいゾ」
エイラは占い、という言葉を聞いてタロットカードを取り出しながら口を挟んだ。
「それは助かる。他にも、あるんだが――それはいいだろう」
「あら、意外とトゥルーデの地方は大人しいのね」
同じカールスラント出身であるミーナは少し驚いた。そんな2人のやり取りを見てエーリカは、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「にひひ。トゥルーデは真面目だから、自分の祖国があんなことするなんて言いたくないんだよ」
「あんな事?」
含みのある言い方をするエーリカに、宮藤は問う。
「花火をしたりー。ハロウィーンみたいなコスチューム着て、近隣の住人に悪戯したりする事」
「へぇ〜。ハルトマンさんの好きそうな習慣ですね」
「私のとこも占いはするナ。まぁ、結構手間のかかる占いだから今日は出来ないけド。鉄を溶かしてすぐ冷やして出来た形で未来を占うんダ。サーニャのとこはなんかあるカ?」
エイラは横で眠そうにしているサーニャに聞いてみる。
「私のところは…旧暦の正月と新暦の正月で二回正月があるんだけど、基本的にはスオムスとカールスラントと同じ。違うところと言えば、ラジオで大統領の演説を聞きながら新年を迎えることだけ」
サーニャは祖国と両親を懐かしむように答える。
「リベリオンでは何かあるのか?」
「あたしのところ?そうだな、基本的に皆クリスチャンだからさ、クリスマスの後の祭りっていうイメージしかないんだよなぁ。ただ騒いで元日は寝るだけだな。ルッキーニはどうだ?」
「んーとね、スプマンテを飲みながら爆竹を鳴らしてドンちゃん騒ぎするんだよ。それで新年を迎えたらまたパネットーネを食べながらスプマンテで乾杯するんだー」
「スプマンテとパネットーネってルッキーニがこないだの補給で頼んでたものか?」
「うん。ちゃんと皆の分も頼んだよ!ふふん、偉いでしょー」
自慢げにそう言うルッキーニの頭をシャーリーは優しく撫でてやる。
「その、スプマンテとパネットーネっていうのは何ですの?」
聞きなれない言葉にペリーヌは訝しげな表情で問いただした。
「にひひ、後のお楽しみだよ〜。ガリアはどんな祝い方するの?」
「そうですわねぇ…基本的には、他の皆さんの国と同じですわ。違うところと言えばヤドリギを飾るところくらいでしょうか」
「ふむ…日本で言う門松みたいなものか。植物を飾るというところは同じだな、ペリーヌ」
坂本が何気なくそう言うと、ペリーヌはくるりと坂本へと向きなおし興奮気味に言った。
「そ、そうです!!き、気が合いますね少佐」
「えへへ、私ともお揃いだね、ペリーヌさん」
「っ!な、なんで私が貴女みたいな豆狸と・・・!」
「あ、そうだ。リーネちゃんの国はどうするの?」
ペリーヌが言い終えるか言い終えないかのタイミングで、宮藤はリーネに聞く。まるでわざとペリーの神経を逆撫でてるのか?と皆が思うようなタイミングである。
「えっ、ブリタニア?他の国と同じだけど…えっと、新年になるタイミングは…」
「タイミングは?」
歯切れの悪いリーネの言葉に宮藤は余計興味をそそられたようで、リーネの言葉を待つ。
「そ、その…。近くにいる人と、き、キスするの…」
顔を真っ赤にしながら答えるリーネの言葉は小さくて殆ど聞き取れる者はいなかったが、隣にいた宮藤は聞き取れたようで、「へぇー!キスしちゃうんだー!」なんてオーバーなリアクションの所為で、その場にいるものはそういうことか、と納得した。
「それならば、そうだな。食べ物は全部食べる、新年までは占いをしながら、ということでいいか?ミーナ」
「そうね。そうしましょうか」
そうして夜は深まっていった。
「3…2…1…」
ラジオのカウントダウンを聞きながら、501部隊の面々は今か今かと新年を待ちわびていた。
少しノイズのかかったラジオは大きな声で「0!」と叫ぶ。
それに合わせて501部隊の面々もグラスを高らかに挙げて叫んだ。
「明けましておめでとーう!!!」
グラスとグラスがぶつかり合う音が響き、そして一気に談笑ムードへ。
テーブルの上には、夕食とは別に蕎麦やシャンペンやケーキが乗せられていた。
そうして彼女達の夜は更けていく…。
年を跨いで一時間半が経った頃だろうか、シャーリーの横でルッキーニが舟を漕ぎ始めていた。
「ん?ルッキーニそろそろ寝るか?」
まるで姉か母親のように優しく耳元で囁くシャーリーにルッキーニは言葉にもならない呻き声で答える。
「あはは、さすがにこの時間はきつかったか。少佐、あたしとルッキーニはそろそろ寝ます」
「ああ、今年もよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします」
シャーリーはルッキーニを担ぎながら少佐にそう言うと、談話室から姿を消した。
「さて、そろそろ私も寝ようかな」
トゥルーデはそんなシャーリー達の様子を見届けると、ソファから腰を浮かした。
「え〜、もう寝るの?」
「いくら祝日とはいえ、カールスラント軍人は規則正しい生活を行わなくてはいけないからな。ほら、エーリカ、お前も寝るぞ」
襟首を引っつかんで立たせようとするトゥルーデだが、不満そうにエーリカは反論する。
「え〜ミーナは?ミーナだってカールスラント軍人じゃん」
ぶーぶーと口をへの字にするエーリカにトゥルーデは呆れた物腰で答える。
「あのなぁ。ミーナはお前と違って、言われなくても規則正しい生活が出来るんだ」
「うふふ、残念ね、フラウ。おやすみなさい」
ミーナはそんな2人の様子を見て、柔らかく笑って見送る。
「ああ、今年も良い年を」
トゥルーデは談話室にいる皆にそう言うと、エーリカの襟首を引っ張って部屋を出て行った。
それから又三十分が経過した頃、宮藤が食器を洗い終えて戻ってきた。
「お疲れ様、芳佳ちゃん」
リーネは一人パーティーの後片付けをした宮藤を労う。
「ありがと、リーネちゃん。そろそろ私はもう寝るね、早起きして御節の準備しなきゃだし」
「お、何だ宮藤。御節まで用意してくれるのか?」
「え、ええ。やっぱりあれがないと、お正月って感じじゃないですから」
「あっはっはっはっ!そうだな、確かにあれを食べないと新年を迎えた気がしない」
豪快に笑う坂本をペリーヌは見て、宮藤に詰め寄る。
「な、なんですの!?宮藤さん!!おせちって一体・・・?」
「扶桑のお正月料理ですよ。あ、そうだ、ペリーヌさんも明日一緒に作ります?リーネちゃんもどう?」
「うん、いいよ」
まず即答したのはリーネ、次に少し迷いながらもあそこまで御節に食いついた坂本を思い出しながら承諾したのはペリーヌだった。
「も、もしかしたら…私の手作り御節(おせちがどういう料理か皆目見当つきませんけど)を美味しいといって食べてくださるかもしれないわね…」
ぼそぼそと独り言のように妄想するペリーヌ。
「え、何か言いました?」
「いえいえ、そ、それより手伝って差し上げてもいいですわよ。えーっと、その御節とやらを!!」
「ほんとですか?じゃあ、今日はもう寝ましょうか、明日は早いですよ」
手伝ってくれるのが2人も出来たことを純粋に喜んだ宮藤は、立ち上がって二人を連れて行く。
「あ、今年もよろしくお願いしますね、皆さん」
最期に宮藤が言葉を残して去っていった。
「あー…四人になっちまっタナ」
エイラはサーニャの横でシャンペンを飲みながら、少し詰まらなさそうに言った。
「そうだな、今日はもうお開きだな。私は温泉に浸かってから寝るが、お前達はどうする?」
「サーニャが眠そうにしているし、パス。じゃ、私たちは部屋に戻るナ。おやすみ、少佐、中佐」
「ああ、おやすみ。良いお年を」
眠気眼のサーニャを誘導するように歩き始めるエイラは、坂本の言葉に、振り返らずに片手だけ挙げて答える。
「ああ、少佐こソ」
そんな二人を見送りながら、グラスに少量残ったジュース(少佐はシャンペンを飲もうとしたのだが何故か部下に必死に止められた。そしてミーナは顔を赤らめていた)を飲み干すと、ミーナの方に向きなおした。
「ミーナはどうする、一緒に入るか?」
「え、ええ。そうね。偶には二人でゆっくりするのもいいかしら」
こうして501部隊の正月は過ぎていくのであった。
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今のところシャッキーニとエーゲルしか出来てません