いつもの夜に
石造りの古城の冷たい廊下をおぼつかない足取りで動く影が一つ。
小柄なそのシルエットは、木造のドアを開けてとある部屋へと侵入する。
ぺたり、ぺたり、と素足が石の上を歩く音に目覚めたエイラは寝惚けながらも、少し頬が緩むのを感じた。
だんだん足音が近づいてくる。エイラは必死に寝ているフリをしながら足音の犯人を待つ。
エイラの予想通り、数秒後にはその犯人はエイラの寝ているベッドの開いているスペースにダイブし、気持ち良さそうに直ぐに寝息をたて始めた。
可愛い寝息ダナ。
寝たのを確認して目を開けると眼前にいたのは、愛しきパートナー、サーニャの姿。パートナー、というのはエイラの将来設計の話ではあるが。
いつもの夜に
サラサラの髪を撫でてやると、サーニャはくすぐったそうに顔をしかめた。
――サーニャが寝ているときにしかこういうこと出来ない私って、やっぱりみんなが言うようにヘタレ、なのかもな。
苦笑しながら、上体を起こし、月明かりに照らされたサーニャの姿を見る。
「・・・もう布団も掛けないで。風邪引くゾ」
エイラは自分の掛け布団をそっと掛けてやると、いつもの言葉を一言。
「――ったく今日だけダカラナー」
間延びした声も、言葉とは裏腹な優しさに満ちた顔も、全てサーニャだけに向けたものだった。
思えば、と、普通ならエイラはここで自分も睡眠の波に再び漂われるのだが、珍しく眠気が醒めて思考は止まらなかった。
――思えば、私ってサーニャと自分の将来を占ったこと、ないかもしれない。
ドキン、と心臓が跳ねた。
他人の将来――とはいっても近い将来だが――を占うことは、それこそ空を飛ぶよりも簡単にこなしてしまうのだが。
自分の将来、それに加えサーニャも関わっているのならば話は別だ。
(もしかして私は、とんでもないことに気付いてしまったのカ?)
震える手で、サイドテーブルの上に散らばっているタロットカードに手を伸ばした。
下着から覗いた肌が冷えた外気に触れ、少し身震いしながらもタロットカードを手に取る。
・・・もし、ダメな結果が出たらどうしよう。
そこまで考えて、エイラは直ぐに顔をふるふると振ってそんな考えを追い払う。
「ヨシ!ダメでもともとって奴ダナ」
サーニャが起きないようにエイラは身長にベッドの開いたスペースにカードを並べ始める。
それはどんな占いをする時よりゆっくりと慎重に並べていった。
そうして出た結果は――
「――戦車の正位置カ。エート確か意味は・・・」
行動力、積極力、成功――。
「っていうことは、ま、まさか遂にアレが・・・」
エイラは《アレ》の想像をして、軽く眩暈状態になる。
アレ、というのは以前からなかなか考えてはいるものの行動に移せなかった『サーニャんが寝ている間に唇を奪っちゃえ作戦』(エーリカ命名)である。
エーリカに提案されたときは、声を荒げて却下したものの・・・、やはりそこはエイラ、かなりチャンスを窺っていたのである。
「よ、ヨシ。サーニャ、い、いくぞー・・・」
返事をするはずも無いサーニャにエイラは何故許可を得たのかは謎ではあったが、ともかくエイラはドラマのキスシーンのようにゆっくりと唇を近づけていく。
そして――
――サーニャは目を閉じながら、エイラが近づいてくるのを感じていた。
エイラがサーニャの頭を撫でた辺りから、狸寝入りを開始し今に至るというわけだ。
目を閉じていたので過程は分からないが、キスをするようなのでサーニャは緊張三割嬉しさ七割といった具合でその時を待ち望んでいた。
しかし、幾ら待っても唇がサーニャのそれにくっつかない。
サーニャが、遅いなぁ・・・、と思い始めたころ、エイラの独り言が聞こえる。
「や、やっぱり、こういうのは、相手の承諾がないとダメダナ。」
――やはり、ヘタレだった。
サーニャは心の中で溜息をつく。
(もう、エイラったら――いつまで私を待たせるの?でも――)
いつも、自分の最愛の親友が照れながら言う口癖を心の中でサーニャは真似る。
(今日だけだからね)
少し短いエイラニャ。エイラは自分のことは占えないらしいですが、どうなんでしょうね