いつからか、私は一緒に住む女性に恋をしていた。

彼女は機械を弄るのが好きで、暇さえあれば作業着に身を包み油まみれになって、本当に楽しそうな顔で車やバイクのメンテをしている。

私の愛車も毎日のようにメンテしてくれているので、いつも調子の良い走りが出来る。

彼女が好き、という気持ちに気付いた私は暫く困惑していた。

ガサツで余り女らしくない、と評価されてきた私だがまさか女性に恋をする日が来るとは思わなかったのだ。

アルミ缶でビールを飲みながら隣に座って同じテレビ番組を見ている彼女を少し火照った顔で見つめる。

彼女は私の視線に気付くと、どうしたの、と訊ねてくるが私は曖昧な言葉を返して誤魔化す。

いつまでもこんな時間が続けばいいと思った。



最愛のパートナー



私は朝に弱い。

いつも同棲相手であり仕事のパートナーである美幸に起こしてもらうが、それでもしばしば遅刻してしまう事がある。

しかし今日は2人とも非番なので、いつまで寝ても怒られることは無い。

生温い光がカーテンの隙間から漏れて、私は目を覚ました。

上半身を起こして目を擦りながら大きな欠伸をすると、隣から「ん…」という声とも寝息ともつかない音が漏れた。

何事かと隣に目をやると、美幸が小さく寝息をたてている。

急に心臓が高鳴るのを感じた。

肌の露出の多い寝巻きで私の腕に抱きつくように寝ている美幸を見て、私はまだ完全に覚醒していない頭をフル回転させながら昨晩の事を思い出そうとした。

確か昨日は2人で遅くまで飲んでいて、私が先に潰れたんだっけ…。

ということは美幸は私を部屋まで運んだ後、そのまま同じベッドで寝てしまったということだろうか?



美幸の小さな唇から漏れる吐息を腕に感じて、私は思わず生唾を飲み込んだ。

寝ている美幸の唇を奪う、なんて考えが一瞬頭を過ぎる。

だが、私は直ぐに考えを改め、少し美幸の体を擦って起こそうと試みるが、美幸は起きる素振りを見せない。

「もう朝よ。美幸」

耳元で囁いても見るが、美幸は寝言で反応すらもしなかった。

休日だし、無理に起こすことも無いか。

私はそう思うと、ベッドから這い出てシャワーを浴びに出た。

寝起きの体に暖かいシャワーは気持ちよくて、思わず鼻歌なんて歌ってしまう。



濡れた髪をバスタオルで拭きながら、珈琲メーカーでブレンド珈琲を作っていると美幸が眠気眼で近づいてきた。

「おはよ、夏実」

「ん。コーヒー飲む?」

「そうね。ありがと」

美幸はそれだけ言うと、シャワールームへと向かっていった。

私はそんな美幸の背中を見ながら――小さく溜息をついて、今朝の光景を思い出していた。

「どうかしちゃっているよね…私」

悶々とする思いを抱えながら、私は何処かで焦燥感を覚えていた。いつまでもこのままの2人でいたい、だなんて事永遠に続くはずが無いって事は分かっている。

美幸にいつか彼氏が出来て、結婚するだなんて事態になったら――とはいっても、今のところ可能性があるのは中嶋君だけだが――私はきっと立ち直れないだろう。

その位依存してしまっているのだ、美幸に。

そうなるまえに、いっその事私が美幸を奪ってしまえばいいんじゃないか。とも思った事は何回もある。

しかし常識的に考えて、女性である美幸が同じく女性である私を受け入れてくれるはずが無い。

嫌われるくらいなら――美幸の事だから、嫌うなんて事は無いであろうけどそれでも溝は出来てしまう――ずっとこのまま平行線の関係でいたい。

それが今の私の答えだ。



朝食は食パンと目玉焼きとコーヒーにした。

朝といっても時間は昼近くになっていて、ブランチといった方が正しいだろうか。

美幸も席に着くと私たちは朝食を食べ始めた。

「ねぇ、美幸」

「なぁに?夏実」

「今朝さ。私の部屋で寝てたじゃん。どうしたの?」

「ああ。夏実が酔い潰れたから部屋に運んであげたんだけど、どうも眠くなっちゃって。ゴメンね夏実。嫌だった?」

「嫌って訳じゃないけど…どうも気になっちゃってさ」

あははは、と苦笑いしながら私は目玉焼きを口に運んだ。今日は平日。

にも関わらず休みでいられるのは、それは警察官という仕事のお陰だろう。

「夏実、今日はどうするの?」

「んー、今日は何処かツーリング行こうかなって思ってるけど」

「もし良かったら二人でドライブ行かない?」

美幸の突然の提案に私は、少し驚きながらも内心喜んだが、そんな素振りを見せないように聞き返した。

「いいけど、急にどうしたのさ」

人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる美幸を見ながら、私は笑みを浮かべて聞いた。

「いつも2人で出かけるっていったら、近場で買い物でしょ?偶には遠出したくて」

「そっか。うん、いいね」

2人だけの休日、そんな言葉を私は心の中で反芻させて、コーヒーを飲みながら答えた。

何も無い日に二人で過ごす、ただそれだけの事に私は幸せを感じられるのだった。



目的を決めることなく、ただ何となく美幸の運転に身を任せて走るドライブは意外にも時間が過ぎるのを早く感じる。

気が付けば、もう日は沈みかけていて真っ赤の夕日が海に浮かんでいるのを横目に走っていた。

流れるように過ぎていく景色を眺めながら、心地の良い時間を楽しんでいると突然車はPAに止まった。

そこは、長距離トラックの兄ちゃん達が休憩に使うようなところで、施設といえば自動販売機とトイレ位だった。

止まっているのは私達だけで、他には車の陰が見えなかった。

「どうしたの美幸。疲れちゃった?」

「ううん、そういうことじゃないけど…」

歯切れの悪い美幸の返事に私は首をかしげながら、先ほどコンビニで購入したお茶を一口飲んだ。

「ねぇ、夏実。もう一緒に住むの、やめようか」

突然の美幸の言葉に私は持っていたペットボトルを思わず落としてしまった。

中身がシートに零れてしまうが、私も美幸も気にしなかった。

「私のこと、嫌いになった、とか?ははは…」

いつもの様に私はおどけようとするが、乾いた声が掠れるように出るだけだった。

「違うの。でも、ほら、いつまでも2人っていう訳にもいかないでしょ?」

「あー分かった!そっか、中嶋君と住むのね?なぁんだ、もう隅に置けないなー美幸は」

私は無理矢理声を明るくして、笑って言った。それでも、美幸は暗い顔をしたままだった。

「中嶋君は関係ないわ。でも――夏実とはもう暮らせない」

「何で?私が嫌いになったんじゃなくて、中嶋君も関係ないんだったら、本当のこと教えてよ」

私は煮え切らない美幸の態度に苛立ちを覚えながらも、懇願するように聞いた。

「多分、本当の事知ったら夏実は軽蔑するわ。私を」

泣きそうな顔をしてそう言った美幸を見て、私は泣きそうなのは私の方だ、と心の中で愚痴った。

「……私は、どんなことがあっても美幸を軽蔑したりなんかしないわよ!もう、もっと私を信じてよ……」

「――私ね、夏実の事が好きなの。だから、これ以上一緒にいられない」

「――っ。わ、私だってアンタの事好きよ…」

私は、きっと美幸の言う、好きとは同じではないかもしれないけどそれでも、私は顔を紅くしながらそう言った。

「昨日だって、酔いつぶれた夏実と一緒のベッドに寝たのは、本当は夏実を犯そうとしてたのよ!!ほら、侮辱したでしょう?私はそういう、『好き』なの!」

だんだん声を大きくしていった美幸は、最後の方には泣きながら叫んでいた。

私はそんな美幸を見て、何も言わなかった。

俯いて肩を震わせている美幸の名前を呼ぶと、美幸は涙を流してクシャクシャになった顔を上げた。

上目遣いで私を見つめる美幸は、何だかいつもよりも愛おしく見えて。先程美幸が吐いた美幸の言葉に答えるように、私は涙を流した美幸をじぃっと見つめた。

数秒も経たないうちに私は美幸の唇に、そっと自分の唇を重ね合わせた。

ゆっくりと、美幸の唇の味を確かめるように丁寧に唇を動かす。美幸は私との口付けを感じるように瞳を閉じた。

そして、唇を離すと美幸は放心したような顔で私を見た。

「軽蔑なんてしないわよ。だって、私の言う『好き』も――」

愛しい彼女とこれで正真正銘ずっと一緒にいられるだろう。

そんな喜びに打ち震えながらも私は優しい口調で美幸の涙を指でそっと拭って言った。

「美幸と同じだから」



――今まで黙っててゴメンね。

だなんて、おどけたように私は言うと、笑い合った。


逮捕しちゃうぞの初ss。この二人はホントに百合夫婦ですよね
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